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多くの人を惹き付ける「問い」を設計する。ー「上智大学フューチャーセンタープロジェクト」代表 川西 諭さん

フューチャーセッションを通じて、大学を地域に開かれた課題を解決する場にしていこうという活動をなさっている上智大学の川西さんに、多くの人を巻込むための問いかけ、「問い」づくりの考え方をお聞きしました。

 

ーー川西さんの専門である「行動経済学」と、フューチャーセッションは、基本的な考え方で共通する部分が多いと感じています。

これまでの「経済学」というものは、人間の合理性を前提とする学問で、問題があったとしても、いろいろな方法を使って解決できる、クレバーな人たちを前提にした理論です。
しかし、人間が不完全であるからこそ問題が起こるという前提に立って、人間はそれほど合理的ではないという観点から、人間がどのような経済行動をとるのかを実験、観察などを通して理解して、問題解決を考えるのが「行動経済学」です。
そもそも人間は、自分自身のこともわかっていない、人から言われてみないとわからない。そのために色々な失敗をしている、問題が起こる。
人間の不完全さが原因で問題が起こり、解決されないでいますが、問題の本質を深く理解することが大事で、そこを意識して、解決策を考えなければいけません。

多くの社会問題のその原因というのは、人間の行動に起因する問題です。特に、公共事業には市民参加の必要性が言われていますが、プロセスとして話し合いが大事だと思っていました。
話し合いに加え、フューチャーセッションの構成要素があると、効果的に問題解決が実現すると感じています。

 

ーー川西さんは、「上智大学フューチャーセンタープロジェクト」の代表をされていますが、実際に実施してみていかがですか?

大学の未来を考える、どういう大学にしたいかを話し合う場として、上智大学の中に、フューチャーセンターを作りたいと考えました。
大学は、開かれた場所というのが理想的と言われていますが、現実は違います。そこを変えていきたい。
視野を広げるために、外部ゲストをお招きし、大学と地域のつながりを考えるセッションを実施しています。
イノベーションやアクションを起こす道のりは平坦でも短くもないので、道のりは長いですが、明るい兆しが見えてきています。
実際セッションを通じて、面白いアイデアが出てきています。ただ、参加者の中には、アイデアが出て、問題が解決できると期待している人もいますが、実際のところアイデアだけでは解決できない場合が多いと思っています。

今後のセッションでは、「いいね」と思ったものをどう実現していくのかを考えていきます。
問題意識を持って解決しようとする人も1人では大変です。道筋が見えていても、1人の負担が大きいと続かないものです。
リソースを集めて、それぞれの負担が少なくて、みんなで一緒にやろうというコミュニティの力が本質的な解決に必要です。
1人1人ではできないことに対して、ファシリテーターが周りの人をつなぎあわせ、多様な人たちがつながることで生まれる力や価値というものを個々の人に気づいてもらい、行動に向けてじっくりと進めていくこと。問題解決のプロセスは、フューチャーセッションそのものです。

 

ーー川西さんからみたフューチャーセッションの重要な構成要素を教えてください。

まず1つが、意図的にステークホルダーに関わってもらう点です。
興味ある人はもちろん、直接利害関係の無い人を招くことも大事です。
問題が昔ながらのやり方で解けないのは、組織や地域、国などにまたがった、空間的な広がりのあるものになったからです。
狭い当事者だけでは答えが見えない。あるいは当事者がリソースを持っていない。
問題の見方を変え、第三者的な見方で視野を広げる必要があります。

2つ目は、空間的な視野にプラスして、時間的な視野を広げる点です。
人間は、どうしても近視眼的なってしまう。目先のことしか見えないものです。
組織間にまたがる問題の根源は、既得権の奪い合いであったり、責任のなすりあいです。
それらを解く鍵は、視野を将来に延ばすことです。既得権を奪い合ってる場合ではないことに気づいてもらう。
将来の理想的なものを考える、ポジティブな視点を持つことで、パイの奪い合いから、共に創るという前向きな視点になれます。

空間と時間の視野を広げることで、人間の視野の狭さ不完全さを補います。
もちろん万能な人間であれば多面的に見ることもできるかもしれませんが、そもそも自分のこともわからなければ、他の人が何を考えているのかもわからないものです。

 

ーー空間と時間の視野を広げるためにも、多くの人を巻込む問いかけが大事になってくると思います。川西さんはどのようにして「問い」を設定されていますか?

行動経済学の研究によって、人は物事が理解できていないことを不安に感じるために、自分勝手な解釈をしてしまったり、自分に都合のいい理解をしてしまう傾向があることが分かってきました。
例えば、地震の被害にあう、車の事故にあうなど、不確実な現象が自分の身に起こった時、客観的には偶然な出来事で「どうして自分がこんな目にあうのか」ということを考えてもしょうがないのですが、起こったことに対して何らかの意図を知りたいという深層心理があります。
科学的には正当化できないものですが、自分で勝手に答えを作ってしまいます。
例えば、一生の運の量は決まっていて、若い時に運を使ったから後で苦労するとか、いい行いをしたから宝くじが当たったなど、論理的ではないし、客観的に立証できないようなことを、我々は日常的に思考しています。

こういった思考が、世の中の様々なところに入り込んでいるために、現実の問題を取り違えてしまっている可能性があります。
会社でも、組織がうまくいかないのは、上司が悪い、部下が悪い。商品が売れないのは、営業が悪いなどなど、それぞれが勝手に思考していて責任の所在を自分で勝手に思い込んでしまっています。多くの人が文句ばかり言っている。

問題の本質を見つける、違う見方を引き出すために「問い」が必要です。
誰もが当たり前だと思っていることが、「本当にそうなのか?」今一度考えてみる。常識を疑ってみる。アンラーニング(学習棄却:いったん学習したことを意識的に忘れ、学びなおすこと)のプロセスで、一歩引き下がった視点から本当の原因を考えてみる必要があります。

 

ーー常識を疑ってみることで「問い」が浮かび上がってきます。川西さんの自身はどのような「問い」をお持ちですか?

自分の中では「よい未来」の理想像がありますが、それが他の人にとっても理想なのかわかりません。
現在の生活は、物質的には充分快適だと思っていますが、持続可能な経済や環境の視点で考えると、快適さよりも、不便でも安全で気持ちのよい、美しい環境、昔の気候に戻したいと思っています。
一方で、さらに物質的にも豊かに、快適にしたいと思っている人もいます。価値観の違いが対立構造をうむレベルになってしまっています。

では、本当に快適になった方がいいのか?という問いがあります。
なるべくラクしようと自動車に乗り、エスカレーターを使い、運動しなくていいものが発達している中で、体を鍛えるためにジムにいくという矛盾もあります。我々にとって、望ましいことは何なのか?

行動経済学でも、ダニエル・カーネマンが「20世紀のアメリカ社会は、快適さを求めてきた。交通手段、道具を開発してきた。その結果、男性の仕事は肉体的な苦痛から開放され、女性の家事の仕事も楽にしてきた。一方で、それによって、人々は幸せになったか?必ずしも幸福にはなってはいないのでは?」と問いかけたことがあります。

幸せにしてくれるものは何か?
人とのつながりであったり、健康であることなど。短期的には、面倒くさいものが多いです。
運動もエネルギーを使い、しんどいものですが、人付き合いも面倒くさいところもあります。
しかし、長い目で見ると、頼られ、評価され、感謝される。支え、支えてもらうことが、幸福感の重要な要素になっています。このことをどうやって多くの人に気づいてもらうかというのは難しい問いです。

 

ーー3.11以降、人とのつながりであったり、支えあいが大事だということは、テーマが異なる様々なフューチャーセッションでも多く話題として出てきています。全国で様々な人たちが同じようなことを話し、気づき始めている感覚はあります。

人々の考えが多様になってきていると言われていますが、お互いを尊重して安心して対話すると、実はみんな同じような価値観を共有する方向に進んでいきます。
もちろん色々な対立や意見もあるかもしれませんが、人間が持っている美意識、価値観というものは、共通しているのではないでしょうか。
究極的には、着地点を見出せないような対立というのは存在しないのかもしれません。
各々の心のブレーキやしがらみを上手に解していくと、みんなが潜在的によいと思える、理解されるソリューションがあるのではないかと思いはじめています。

 

ーー潜在的によいと思うものがあるとすれば、可視化していくことが重要に思えます。

行動経済学では、不合理生という考えの中で、可視化することの意義について述べています。
人は目に見えないものを軽視しがちです。例えば、経済の中ではお金は見えるので、価値や効果をお金で測ろうとします。しかし、美しさは目に見えているが、その価値や値打ちは数字では見えていません。人付き合いの価値、幸せの価値、友達の価値、自分を理解してくれる人の価値といったものは、目に見えません。しかし、こういったものが忘れられると、客観的見れば無機質でつまらない残念な社会になります。金銭的な価値だけでは幸せになれません。

目に見えないものを見よう、可視化しよう、というのは、「問い」を立てるときのポイントになります。
我々が普段見落としているもの、目に見えないものが何なのか?それらを意識の中に呼び戻していくことです。

ただ、可視化されない、無視されているものの中で、あまり可視化しない方がいいものもあります。
例えば、犯罪や地震などリスクに関することです。四六時中意識していると人生が暗くなります。
忘れたらよいわけではないが、適度に見ない、適度に忘れる。時々意識に上るようにしてあげる。バランスが大事です。
例えば、津波があって、津波が来たという記録を残すことは意味があることです。そして年に1回はみんなで考えよう、普段忘れていることを意識して行動しようという形で防災意識につなげていく。意識下に戻すタイミングは考えないといけません。

 

ーータイミングを考えて可視化することが大事ということですが、時間的な広がり、未来の視点で可視化することも大事ではないでしょうか?

短期的な物の見方と長期的な物の見方が整理されないまま、議論すると対立してしまいます。
例えば、再生可能エネルギーも、短期的な視点で可視化できるものだけで考えると、経済的にどれだけペイするかという議論になってしまいます。
しかし時間的な視野を広げ、将来の街の姿まで考えて可視化してみると、どういうエネルギーに依存した社会にしたいのか、どういう景観の街にしたいのか、どういう暮らしをしたいのか、という議論ができるようになります。
そういう視点で物事が考えられると、「いいね」と思えるものがまだまだたくさん作れると思います。

メガソーラーも発電していいのですが、美しさや景観にマッチしているのか?空き地を発電所にして電力は供給されるが、美しさはどこにいってしまうのか?
効率だけを求めて、権力を持った人が作るのではなく、見えないものを可視化していきながら、多くの人の知恵を集めて、行動していく時代だと思います。

大学には、場所、学生、知恵というリソースがあります。
地域に開かれた大学が、学生の若い力という資源を活かして、課題解決に関わっていく。
授業の中で、課外活動の中で、様々な形でフューチャーセッションを継続して、自分たちで何ができるか考えていこうと思います。

 

プロフィール
川西 諭(かわにし さとし):1971年、北海道生まれ。横浜国立大学経済学部卒業後、東京大学にて経済学博士を取得、現在、上智大学経済学部教授。主な研究分野は、応用経済分析(地域活性化など)・金融論。行動経済学会理事も務めている。

著書に「ゲーム理論の思考法」(中経出版)、「経済学で使う微分入門」(新世社)、「図解よくわかる行動経済学」(秀和システム)、翻訳書に「行動ファイナンスの実践 投資家心理が動かす金融市場を読む」(共訳、ダイヤモンド社)がある。

 

聞き手・構成・文/有福英幸(OUR FUTURES編集長)


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