前回に引き続き、オランダのジャーナリズム基金がまとめたテクノロジーの受容と社会的信頼の2軸によって分かれる4つの未来シナリオのうち、「(テクノロジーの受容は)不承不承 + 自分でやる」で現れる「The Shire」のシナリオを紹介します。
The journalistic landscape in 2025 - four different scenarios http://www.journalism2025.com/
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The Shire
2025年、この世界の概要
このシナリオ名は、書籍「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」に出てくるThe Shire(日本語訳:ホビット庄)という名称から引用しています。市民はホビット庄に住むホビットのように、小規模であること、自立していること、慎重であることを重要視し、大企業に依存することなく自分たち自身でさまざまな活動を立ち上げています。政府の役割は小さく、急増したコミュニティ・サイトによってプロのジャーナリズム・メディアは著しく減少しています。
2025年の市民・政府・企業の姿
地元・近隣をよりどころにする市民
この世界では、政府や企業への監視官となる活動をしている批判的な市民が主導権を握っています。多くの市民は大きな社会とのつながりを感じなくなり、地元の近隣が市民にとっての新しいよりどころになっています。市民はプライバシー、団結、ケアを高く評価するようになっています。
政府の大規模な緊縮財政によって、自治にまつわる多くの仕事と責任が市民に委ねられることになり、結果として市民活動は目覚しく成長しました。
一方、さまざまなサイバー犯罪によって必要以上に恐怖感を煽られ、オランダの消費者はインターネット・サービスの使用を控えるようになっています。
市民から信頼されていない政府
政府は透明性が低く、対話の場も提供されず、サービスの質も不十分であると多くの市民はみなしているため、政府や大手機関への信頼は著しく低下しています。また、FacebookやGoogleのような大企業によるプライバシー侵害についても政府は市民を十分に守れていません。
評価システムを活用したシェア経済が基盤に
市民による自己組織化が強化されたため、シェアリングエコノミーが基盤となっています。近隣住民は日常のケアを提供し合うだけでなく、日常品、保険、エネルギー、モビリティー、商品・サービスをデジタル・プラットフォーム上で交換しあっています。評価システムも台頭し、他人によって提供される評価から、消費者はさまざまなサービスの実情を把握することができるようになっています。
翻訳テクノロジーの急発展によって高コストなオランダの産業は停滞
新しいテクノロジーへの消費者の懐疑的な態度により、新テクノロジーの開発よりも既存のものの最適化に産業界は注力しています。
ただし機械翻訳のテクノロジーは著しく発展し、外国製品の翻訳や字幕をつけることは低コストになり、インド、中国、マレーシアのような低賃金国では、クリエイティブ産業が極めて急速に成長しています。そのため、比較的高い労働コストのオランダの産業は、国際的な舞台では重要な役割を演じることができていません。
2025年のジャーナリズムの姿
特定グループに特化することで生き残るジャーナリズム
大規模組織への信頼低下によって、ニュース提供でジャーナリズムが市民から収益を得ることはますます難しくなっています。多くの新聞、雑誌、テレビ、ジャーナリストはエスタブリッシュメントの一部とみなされ、市民から好意をもたれていません。
読者数と広告収入の減少によって、伝統的な新聞ビジネスはもはや存在できず、テレビの世界もまた生き残る事に苦労しています。そのため少数の新聞や雑誌は特定の読者グループを引き付けるために、キリスト教徒、イスラム教徒、フェミニストといったさまざまな視点に特化したものを提供することでなんとか生き残るようになっています。
市民ジャーナリズムとコミュニティ・サイトが新聞の代わりに
市民はニュースの話題を提供したり、ジャーナリズムのプロセスに積極的に参加したり、政策関連の文書を見つけ出したり、彼ら自身でニュースを書いたりしています。自らオンライン・コミュニティを組織し、ストーリーや意見を交換しています。大勢の訪問者がいるため、コミュニティ・サイトは地元の広告主にとって魅力的なものになっています。
コミュニティ・サイトの乱立によって知識格差は拡大
コミュニティ・サイトは大抵1テーマに特化されるため、提供されるニュースは断片的になり品質もさまざまです。ビデオとライブ・ストリーミングのコストは減少し、多くのコミュニティ・サイトが高画質のライブをストリーミングできるようになり、地元のビデオ・チャンネルが多数存在しています。
新しい公共放送システムも誕生し、編集権を持ついくつかの媒体は重要な社会課題について問題提起することで、助成金を得られるようになっています。
一方、画像とテキストが大量に溢れ、何が真実であるか、誰の判断が信頼できるのかを判別することはますます難しくなっているため、人々の間の知識格差は社会の至る所に拡大しています。
コミュニティ・マネージャーとなるジャーナリスト
働いているジャーナリストの数は劇的に減少しています。ただ、多くのジャーナリストは市民から信頼されていませんが、少数のジャーナリストは調査報道の分野で確固たる評判を得ています。
政府は議論を進行・補足・要約する専門的な教育を受けたコミュニティ・マネージャーを活用し、多くのコミュニティ・サイトを支援しています。そのため専門的な教育を受けた少数のジャーナリストは、コミュニティ・マネージャーとして働いています。
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指輪物語の読者であれば、市民がホビットたちのように小さな村(コミュニティ)に暮らしているという情景をイメージしやすいかもしれません。未来シナリオではまず名前に興味を持ってもらい、その上で世界観をイメージしてもらいやすくするために、こだわって名前をつけることが多いです。
この未来シナリオは2つ目の「A Handful of Apples」シナリオと2軸の対称関係にあって社会の状況は大きく異なるのに、ジャーナリズムにとってはどちらも厳しい状況に直面するというのは興味深い点かと思います。
次回は、4つ目の未来シナリオ「Darwin’s Game(不承不承 + 自分のためにやってもらう)」を紹介します。
■未来の兆しにご興味のある方は
https://goo.gl/OMyJiw
文/筧 大日朗(OUR FUTURESディレクター)
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